平穏にではなく、ナイフの切っ先の上に立って生きることが私には必要だった。生きることを選ぶというのはつまりそういうことだ。(中島らも/ロカ)





10代のうちに中島らもに出会っててよかった〜マジ。何回この言葉に奮い立たされたかわからん。まあそんなこと言いながらのうのうと10代は過ぎてゆくけど。絶対20代になりたくない。

バイト中おじいちゃんおばあちゃんに優しくされるとウッとなる。無条件に泣きそうになる。ばあちゃんに会いたいッ。

 今日はニット帽をこれでもかというくらい浅くかぶったおじいちゃんが来た。めっちゃ頭長かった。かわいい。
あと18人の中国人が来た。店内がほぼ中国人に埋め尽くされて、唯一の日本人のお客さんが「海外にきたみたいだ」とつぶやいてた。この団体、とにかく声がでかい。わけわからん言葉で大声で一気に喋るもんだからオーダーなかなかとれなくて一瞬ばっくれよっかなって思った

やっとオーダーとれて18人分のとんかつを運んでたらその中国人のお客さんが運ぶたび「オハヨウゴザイマス、オハヨウゴザイマス」と言ってて最初「??夜なんだけど・・・」となってたがよく考えたらたぶんありがとうと言いたかったんだと思う。日本語ってむずかしいよね。

中にはちょっぴり英語できる人いて助かった。けど苦労したのは「おかわり」。
「ア〜ユ〜ウォントトゥ〜モア〜ミソス〜プ?」とアホズラ汗ビシャで聞き続ける自分は相手側からするとさぞ滑稽だっただろうと思う。最後はおいしかったと言ってくれて、嬉しかったけど。

話は変わるけど、自分はバンプオブチキンが好きだ。暗黒の小学〜中学のときずっと聴いていて、高校入ってバンプダサイみたいな風潮に負けて聴かなくなって、最近ライブをきっかけにまた聴くようになった。すごくよい。初期は曲を聴くだけで情景が浮かんでくるような感じだが最近は詩がベテランの小説家みたくなってきた。ボヤ〜ッとしてて、昔よりストーリー性が薄れてきた気がする。
どちらも好きだけど。
ちなみに暗黒時代はBUMPへの愛を熱く語るためにブログを開設したほどであった。ブログタイトルの横にデカデカと⚠️顔ファン禁止⚠️(ちなみに自分は藤くんの顔がモロタイプ)とかかれてあるブログ、この広いネット社会の片隅に今も存在していると思うと穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。パスワードも何もかも忘れてしまって消すに消せない。
内容はひどいものであることないことあれほどよくもまあ書けたものである。ちなみにこのころからぶっちぎり喪女だったので勿論彼氏はいなかったけどブログではバンプ好きな彼氏がいる設定だった。たのむから死んでくれ。

とにかくそのころは邦ロックの不動のプリンス、藤原基央にゾッコンであった。

藤くんのプロフィール☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆みたいなやつにかかれてる50項目くらいの誰かが作った藤くんプロフを見て自分はぜったいに綾波レイになるんだと決めて中学時代全く喋らずに窓の外を見続けるというただのヤバキモマンに成り下がったこともあった。すぐ飽きてやめた。


今でも背の高い横顔が綺麗な前髪の長い塩顔男子がドタイプだし、完全に影響受けまくってるので今はどっちかというと恨んでる。まあトークショー行くけどね・・・。

寡夫


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おひさ〜。元気してた?


こんな誰が見てるのかわからんような下らないブログを久々に更新するよ。すごく暇な時に見てください。アッ!出来れば周りの人間に見せびらかすように見ていただくと、有難いです。

最近夜に花を見つけて写真を撮るのにハマっている。スマホからフラッシュの加減を抑える方法とか、ないのかな。弱いフラッシュをたきたいんだけど、どうすれば良いんだろ。

最近は特に何もせずただ大学とバイトとの往復。友人と時々ご飯を食べに行ったりして、愚痴とか、噂話とか、悪口とか、何の価値もないような話ばかりしてる。たまに、なにやってんだろ、って思う。
サークルの飲み会や学祭も続いて、まあ充実してる。大学生がバカな理由がわかる。自分が段々クソバカになってる感覚がわかる。毎日毎日高い金払って大学行ってんのに何も学習してないし、なんにも考えてない。ほんとに。ほんと意識高い大学生になりたい。せめて読書だけは続けてる。でも読む人はもっと読むんだと思う。いそがなきゃ!なんか、何かに焦ってないとダメだやっぱり。人間は。ぜったい。もう一年経つ。頑張れ頑張れ自分。がんばれ!
寝る。

愛嬌一本

このあいだバイト先(とんかつ屋)にきてた女子高生3人組が、デブの尊厳について熱く語っていた。
その中のひとりの少しポッチャリした子が、「小学校の時に嫌いな食べ物を友達に食べてもらったりしてたじゃん。あれ私太ってたから結構貰ったりしてたんだけど、その中で一番ビックリしたのは"肉の皮、食べれる?"だったね〜。いや食べれるけどって言ったらやっぱコイツ食えるって!!みたいな感じでまわりに言いふらされて凄い嫌だった!!」
と話していてなんだかすごく面白かった。女子高生は無敵。かわいいし。


彼氏出来ないし恋愛経験がほぼないままこの歳まで来てしまった。
このあいだ恐らく恋愛ソングや少女マンガから推測するに彼氏ができたらきっと世界がもっとキラキラして見えるらしいという話を友人としてて、ではこの私達の荒んだ性格は彼氏が出来たら治るのか?逆に言うと私達をこんなに苦しめている「彼氏」という存在自体恨むべきなのではないか?という議論に発展した。この世で一番無駄な会話だった。

自分キメ〜!と思う瞬間なんていっぱいある。アニメ好き?ノンノン、そんなの序の口。いまじゃ可愛い子がアニメフェスやイベント等に行ってる写メがバンバンTwitterにのせられてて、アニメアイコンのガチアニオタ喪女が生命の危機に晒されてると知りそろそろ活動を開始・・おっと話がずれた

さっきまでBUMPの藤くんの横顔のイラストを3時間くらいハアハア言いながらずっと練習してて、ハッとしてキモッ・・・と思った。あとBUMPのラジオポンツカを聴いてニヤァッとしている自分もやばい。
あとはワキ毛をリズムに合わせて抜いたりしてるときとキモイよ〜ママ〜と思っちゃう。(ア〜イデンティティ〜が〜♪ブチッなぁ〜ぁ〜いブチッ)


大学入って????まあそこそこ彼氏できて???????クリスマス???????彼氏と過ごすに決まってんジャン???????

と盛大な勘違いをしていた過去の自分を30回以上平手打ちしたい。
ほんとモテないんです〜!いやいやモテるでしょ〜!って会話久々にしたい。
自分は見知った人間には道端のウンコくらいの価値しか見出されてないと思う。そのくらい人間としてクソなのだ。クソだけに。



おわりがみつからない。おわり。

仙人草


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この間大学の片隅でちいさい秋を見つけたので写真を撮ってみた。

好きなアーティストが売れたり、人気でたりすると途端にその人たちのことを物凄く嫌いになるあの感じ、なんなんだろうか。
それを乗り越えたどこかに、何か得られるものがあるのだろうか。売れてない時は自分が支えている気がしてたけど、売れ始めると「自分なんかが聴かなくたって・・・」と思っちゃうのだろうか。売れ始めると、途端に「曲の質落ちたな・・・」とか思っちゃうのは何でだろうか。
人は過去に縋りたいのだろうか。全部の曲を自分に向けて歌って欲しいのだろうか。自分はなんでだろうか。



自分は結構楽観的な方だと思う。楽観的というか、アホというか、何も考えてないというか・・・。
だけど私も勿論悩むことだって、ある。
同じことについてずっと考えて、あーでもないこうでもない・・あの時ああすればよかった。なんでしなかったんだろう。あ〜〜・・・とグルグルグルグル悩むことも、ある。
人に相談するという手もあるのだが、怖がりでプライドが高いので、ぜっったいに周りの人間には本当のことを言わないし、言えない。
とことん考えるのだ。自分を悩ませるそれについて、自分で。
でも自分はあまり頭がよくはないので、解決策が出るまで時間がかかる。そのときはまわりの音楽や本などゴチャゴチャ喋らないし意見も言わない親しんだものに助けてもらう。それでも答えがでないときは、むしろどうすればよいのか教えてほしい。

最近は、自分が他人と喋ってるとき、ほとんど本音じゃないことに気づいて絶望している。それもやめたいけど、癖のようになっていてなかなかうまくいかない。


好きなアーティストが売れて変わってしまったのではなく、自分自身が変わったのかもしれないと思う。


ところで私は高校時代、ずっと憧れていた椎名林檎とおなじところにピアスホールを開けたことがある。
(でも臆病者のチキン・リトルなので耳たぶにしか開けられなかった。しかも消しゴムと安全ピンという雑菌だらけの田舎者ヤンキースタイル)
だが鈍らなのでケアを全くせず、膿みまくって病院に行ったという黒歴史がある。あのときの耳の臭さは他の追随を許さないほどの臭さであった。寝ていて「クッセェ〜〜〜!!!」と飛び起きてしまうくらいである。



・・・おわりである。

侃侃諤諤

今日は。左様なら。お早う。挨拶を漢字で書くと面白い。

最近は東京生まれ東京育ちがすごく弱くて、地方生まれで東京に出てきた人間がものすごく強いことに気づいた。

私はおばあちゃん子だったので、お年寄りが物凄く好きだ。どうしてこうもお年寄りの顔にあるシワは人を幸せにするんだろうか。かわいいし、シワがあるだけで威厳があるし、格好いいし。私は結構シワフェチなので、異性の好みは勿論「目尻にシワが出来る人」である。
顔にあるシワの中で目尻のシワが一番好きだ。目に尾びれがついたみたいだと幼少期、祖母の笑顔をみながら感動したのを覚えている。顔に鎮座する2匹の魚は、祖母が笑うたび尾びれを動かしてパフォーマンスをしてくれた。

そんな祖母は私の高校入試1週間前に亡くなった。お葬式に英単語を書いた暗記カードを持って行ったことを覚えている。母は私の受験に影響するんじゃないかと在らぬ心配をしていたようだが、寧ろ私は「大好きなばあちゃん死んだんやから受験受からないわけがない。ばあちゃんは私を受からせるために死んだんや。受からないとおかしい。オイ!神様!仏様!ふざけんな!受からせろ!!」となぜが神仏にブチ切れ、開き直っていた。そして無事志望校には合格した。だけど大好きだった人がいなくなったことには変わりなかったので、しばらくはずっと夢に祖母が出てきてその度に人知れず泣いていたものである。一週間に一回は祖母の夢を見る生活が3年ほどつづいた。辛すぎて大好きだった祖母を少し恨んだくらいである。
最近はそれもなくなった。こうやって悲しいことは忘れていくんだと思う。
今ふと祖母の声を思い出そうとしたのだが、全く思い出せない。それを出来ない自分が嫌になって、そのうち思い出そうともしなくなるだろう。それとも、祖母の化粧品を勝手に触って大事なファンデーションを粉々にしたことや、祖母のブラジャーがダサ過ぎるとからかったこと、3年目にしてようやく許してくれたんだろうか。f:id:muchu0:20141028201908j:plain

悪い口

一人暮らしをはじめて否が応でも料理をせねばならない状況下に置かれた。
そんな生活ももう半年経ったわけだが、如何せん私は今までほとんど料理などしたことがなかったので最初の頃は本当にカット野菜とオイスターソースをぶち込んだ野菜炒めしか作れなかった。

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これが半年前の私の料理たちである。見ていただいたらわかるように、まずレパートリーがない。基本的にもやしが多く、というか毎日もやしを食べていた。だが不思議なもので自分が作ったものだからそんなに嫌な気にはならない。
味付けが変わっていなくても食べていてなぜか新鮮味を感じ、「おいしいのら〜!!!!」と食べる度感動を覚えていた。そしてこうして全く変わりばえのないもやし炒めや玉子を炒めただけのものを毎晩嬉しそうに写真に収めていたのである。

今思うと、自分が料理をしていることに酔っていたのだと思う。たかがこんなクソ料理で・・と思う人もいるかもしれないが、その時の私にとっては多分、オーロラを北極で見たくらいの感動が毎日続いていたのだ。アッ、右に写っている南瓜の煮付けは、もやしばかり食べている私を心配して友人が作ってくれたものである。紛らわしくて、メンゴ。

最近はようやくレパートリーも増えてきて、肉じゃがくらいは作れるようになった。充分な進歩だ。だがもやしに対しての情熱は捨てきれず、相変わらずもやしは週一のペースで食べている。命に感謝。合掌。

釈迦の爪


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冬服を整理しているんだけど、私は基本黒、紺、グレーしか持っていないことに気付いた。
一人暮らしなので服を入れる木製のタンスを持っていない。だから季節が変わってタンスから去年の服を出すときのあの独特なタンス臭を嗅ぐことは出来ない。こういうときに一番「何で私は一人暮らしをしているんだ・・・」と感じる。
最近夜が入ってくる感覚がわかる。
冬になると夜を強く感じる。
冬の夜は鋭さを帯びる。

何を思ったか最近私のなかで仏教ブームが来ており、ブームがきたならまさにこの人、と思いみうらじゅんの「マイ仏教」を読んだ。他にも仏教入門系の本を読んだのだけど、みうらじゅんの本がすごくフランクで読みやすく、面白かった。
みうらじゅんもお釈迦様も物凄く男性脳をしていると思う。お釈迦様がもし女性だったら・・と考えると止まらなくなる。


寒くなるからそろそろ冬物のコートを買わないと。今度は黒にせず、もっと気分が高まるような明るい色を選びたい。